横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)3083号 判決 1988年5月24日
原告 野口一雄
右訴訟代理人弁護士 塩田省吾
被告・参加被告 有限会社 高雄
右代表者代表取締役 鮑国宏
右訴訟代理人弁護士 石崎泰雄
同 中村眞一
同 小島周一
参加原告 日東住宅工業株式会社
右代表者代表取締役 大島康寿
右訴訟代理人弁護士 佐藤泰正
主文
被告・参加被告は参加原告に対し、別紙物件目録第一記載の土地を明渡し、昭和六二年二月三日以降右明渡しが済むまで、一箇月金一〇万円の割合による金員の支払をせよ。
被告・参加被告は原告に対し、別紙物件目録第四記載(1)の看板を撤去し、昭和六一年一二月一日以降右撤去が済むまで、一箇月金一万円の割合による金員の支払をせよ。
原告及び参加原告のその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用中、原告及び参加原告に生じた費用はいずれもこれを二分し、その一は被告・参加被告の負担とし、その余及び被告・参加被告に生じた費用はいずれも各自の負担とする。
この判決は第二項中看板の撤去を命じる部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立て
(原告)
一 被告・参加被告(以下「被告」という。)は原告に対し、別紙物件目録第四記載の看板を撤去し、昭和六一年一二月一日以降右撤去が済むまで一箇月一〇万円の割合による金員の支払をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
以上の判決と仮執行の宣言を求める。
(参加原告)
一 主文第一項と同旨
二 被告は参加原告に対して、別紙物件目録第三記載の建物を収去して、別紙物件目録第二記載の土地を明渡し、昭和六二年二月三日以降右明渡しが済むまで一箇月一万二一七三円の割合による金員の支払をせよ。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
以上の判決と、一、二項について仮執行の宣言を求める。
(被告・参加被告)
一 原告、参加原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告、参加原告の負担とする。
第二当事者の主張
(参加事件について)
一 請求の原因(参加原告)
1 原告は被告に対し、昭和五四年四月一〇日別紙物件目録記載第一の土地(以下「本件駐車場」という。)を次の約定で賃貸した。
使用目的 自動車保管場所
期限 定めなし
賃料 一箇月につき一〇万円
2 右賃貸借契約の期限については、昭和五六年四月一日の合意により、同五七年三月末日までとすること、ただし契約期間中であっても、一箇月の予告期間をもうけて解約をすることができる旨改められた。
3 右賃貸借契約は、期間満了の都度、合意によって更新された。
4 原告は昭和六一年一〇月二二日被告に到達した書面によって、被告に対し、本件土地の賃貸借契約を解約する旨の意思表示をした。
5 原告は昭和五五年七月二五日、被告に対し別紙物件目録第二記載の土地(以下「本件土地」という。)を次の約定で、無償で貸し渡した。
使用目的 建物敷地
期限 定めなし
特約 いつでも解約することができる
6 被告は前項の契約締結の頃、本件土地の上に、別紙物件目録第三記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築してこれを所有している。
7 原告は昭和六一年一一月二五日被告に到達した本件訴状によって、本件土地の使用貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
8 本件土地の一箇月分の使用損害金(賃料相当額)は、同土地に対する昭和六一年度の固定資産税評価額の五パーセントの額を一二分した額である一箇月一万二一七三円を下ることはない。
9 参加原告は昭和六二年一月三一日原告から、本件駐車場、及び本件土地を含む横浜市中区富士見町二番八、同番九の土地を買い受けてその所有権を取得し、同年二月三日所有権移転登記を経由した。
よって、本件駐車場及び本件土地につき、いずれも契約の終了に基づく返還請求として、本件駐車場についてはその明渡しを、本件土地については本件建物を収去して同土地の明渡しを求め、いずれも参加原告が右各土地の所有権を取得したのちである昭和六二年二月三日以降その明渡が済むまで、賃料相当額の損害金の支払を求める。
二 請求原因事実に対する認否(被告)
1 1の事実中、被告が、本件駐車場を原告から駐車場として、期限の定めなく賃借した事は認めるが、その余の事実は争う。
2 2の事実は否認する。
3 3、4の事実はいずれも認める。
4 5の事実中、本件土地を本件建物の敷地として、原告から借り受けた事実は認めるが、その余は争う。
5 6の事実は認める。
6 8は争う。
三 抗弁(被告)
1 原告は、本件駐車場及び本件土地に隣接して店舗用建物(以下「本件店舗」という。)を所有し、これを訴外石井志霊峰(以下「訴外石井」という。)に賃貸した。同訴外人は本件店舗の一階で飲食店を、二階で麻雀屋を経営し、本件駐車場は、右店舗の顧客の駐車場とするため原告から借り受けていたものである。
被告は訴外石井から、本件店舗における営業に関する権利を、いわゆる居抜きとして譲り受け、その上で昭和五二年一二月ころ、参加原告との間で、本件店舗について賃貸借契約を締結したが、本件駐車場は顧客のための駐車場として、本件店舗における前記営業に不可欠のものであったところから、本件店舗の賃貸借契約と一体をなす契約として賃貸借契約を締結したものである。賃料についても本件店舗の賃料とともに一括して賃料額を定めたものであって、本件店舗の賃貸借契約と別個に本件駐車場の賃貸借契約がなされたものではない。
したがって、本件店舗の賃貸借契約が存続するかぎり、これと切り離して本件駐車場の賃貸借契約を解除することはできない。
2 また、本件土地については、本件店舗の賃貸借契約に際し、本件駐車場と同様に駐車場として借り受けたものであるが、その後二階の麻雀屋が手狭になって、これを増築する必要が生じた。そこで、原告との間で、増築の費用は被告が負担するとの約定のもとで、本件土地を増築建物の敷地として使用することの合意が成立し、これに基づいて本件土地の上に本件建物を増築したものであって、本件土地の使用に関する契約も、本件店舗の賃貸借契約と一体をなすべきもので、これと切り離して解除することはできない。
3 権利の濫用
一 本件駐車場は、本件店舗に来店する顧客のための駐車場として使用中で、被告の営業に不可欠の状況にあり、本件駐車場を失うと直ちに本件店舗における営業に甚大な支障を来すことになる。
そこで、本件店舗及び本件駐車場を借り受けるに当たり、被告は原告との間で、本件駐車場の賃貸借契約を、本件店舗の賃貸借契約と切り離して解除することはしない旨の合意をした。
しかるに原告は本件駐車場を含む土地を高値で売却するために、本件駐車場の賃貸借契約を解除しようとするものであって、解除権の行使は信義誠実の原則に反し、権利の濫用である。
二 被告は本件土地上に、六七二万五〇〇〇円を投じて建物を増築し、増築部分を厨房、更衣室として使用しており、本件店舗における麻雀屋の経営に不可欠となっている。
原告は被告が本件土地上に増築することを承諾しておきながら本件土地を更地として高値で売却するために賃貸借契約を解除しようとするもので解除権の濫用である。
四 抗弁事実に対する認否(参加原告)すべて争う。
(原告の請求について)
一 請求の原因
1 被告は昭和六一年一〇月二二日頃、本件建物の東側の公道に面した外壁に、別紙物件目録第四記載のとおりの看板(以下「本件看板」という。)を設置した。
2 原告の被告に対する本件駐車場の明渡請求は、正当な権利行使であり、何ら非難されるべきものではない。
3 本件看板は公道上を往来する一般の通行人、買い物客から容易に見られる状態にあり、原告は同じ公道沿いに建物を所有し、その大部分を賃貸する傍ら「長寿」の商号で貿易業を営んでいる。「長寿」が原告の商号であることは近隣住民の良く知るところであるから、本件看板を設置されていることにより原告の名誉が著しく傷つけられると共に、原告が営んでいる建物の賃貸業、貿易業の業務が妨げられている。
4 その結果原告は精神的苦痛を被り、信用を失墜しており、その損害を金銭に評価すると、一箇月一〇万円が相当である。
5 よって、本件看板の撤去を求めると共に、これを設置した後の昭和六一年一二月一日以降右撤去が完了するまで、一箇月一〇万円の割合による損害金に支払を求める。
二 請求の原因に対する被告の認否
1 1の事実は認める。
2 2ないし4の主張は争う。
3 被告が本件看板を掲示したのは、原告が本件駐車場について契約の解除を申し入れて来た頃、原告の意を受けたとみられる数人の男性が本件駐車場内に、被告に無断で立ち入り、土地の計測等を行ったので、原告によって不法に本件駐車場の占有を奪われることを恐れ、これを予防する趣旨で、本件看板を設置し、本件駐車場に立ち入ることを禁止する趣旨を明示したのであって、何ら不法な行為には当たらない。
第三証拠の提出、援用及び認否《省略》
理由
第一本件駐車場の明渡請求について
一 被告が本件駐車場を原告から、自動車保管場所を使用目的として賃借し、その引渡を受けて現に使用していること、原告が昭和六一年一〇月二二日被告に到達した書面により、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
二 被告は、本件駐車場の賃貸借契約は本件店舗の賃貸借契約と一体をなす契約として締結された旨主張するので検討する。
《証拠省略》を総合すると次のように認められる。
本件店舗の一階部分はもと原告がスナック・バーを経営していたが、昭和四五年頃訴外石井がこれを賃借してレストランの経営を始めた。本件店舗の隣地である本件駐車場には原告の居宅があり原告が居住していたが、昭和四九年中に原告が他に住居を移したので訴外石井はこれを賃借して、事務所兼従業員の寮として使用していた(賃料一箇月一〇万円)。昭和五〇年春に原告が同建物を取り壊して空地としたので、賃料をこれまでの建物賃料と同額の一箇月一〇万円とし、駐車場として賃借した。昭和五一年一月ころ訴外石井は本件店舗の二階部分を原告から賃借して麻雀屋を始めた。本件駐車場は本件土地と共に訴外石井が経営する右レストラン、麻雀屋の顧客用などの駐車場として使用されていた。昭和五一年六月ころ訴外石井が賭博容疑で検挙され、債務もかさんで経営にいき詰まっていたので、訴外石井に対する債権者であった被告代表者鮑国宏が個人として(当時被告は設立されていなかった。)訴外石井の債務を肩代わりして決済するなどした結果、被告が本件店舗における営業を訴外石井から譲り受けることになった。そこで被告は、昭和五二年七月二五日本件店舗及び本件駐車場を原告から賃借し、賃貸借契約の契約条項は訴外石井の契約条項によって契約した。その後昭和五四年二月に被告が株式会社として設立されたため、被告の代表者が原告に対して賃借人を被告として賃貸借契約を継続させることを申し入れ、原告はこれを承諾して同年四月一五日付けをもって改めて賃貸借契約を締結し、賃貸借契約書を作成した。原告と訴外石井との間における駐車場の賃貸借契約は、車両四台分とし、本件駐車場を対象土地として契約したものであるが、これに隣接する本件土地も駐車場として使用し原告もこれを認めていたまま被告代表者鮑(個人)に引き継がれ、その後被告に引き継がれていたが、昭和五五年七月ころ二階麻雀屋の店舗が狭いため、被告が原告の承諾を得て本件土地上に建物を増築した。被告代表者個人から被告に契約関係が引き継がれた後は、本件駐車場の賃貸借契約関係については、本件店舗の賃貸借契約書中の賃料額の記載の欄に、駐車場料金を含むと記載されてあるだけで契約書が作成されておらず、駐車場として使用する土地の範囲も建物増築によって変更を生じたため、原告は賃貸借契約関係を明確にする必要があるものと考え、昭和五六年三月三一日被告との間で、本件駐車場につき、自動車四台の駐車のための賃貸借契約とし、期間を昭和六六年四月一日から一年間、賃料を一箇月一〇万円、当事者双方は一箇月の予告期間を置いて賃貸借契約を解除することができるとする旨の賃貸借契約書(甲第四号証)を作成した。以上のように認められる。
被告代表者尋問の結果中には、本件店舗と本件駐車場の使用については、当初から一個の賃貸借契約をもって契約し、本件駐車場について特に賃貸借契約を締結したことはないし、前掲甲第四号証は全く知らない旨の供述があり、《証拠省略》によると右契約書に被告会社代表者の印を押した憶えはあるがその他のことは記憶していないというのであり、これらによるとあたかも被告会社の事務員であった訴外山本和子が被告代表者に無断で右契約書に被告会社の代表者印を押捺したものであるかのようにみられる。
しかし、本件店舗、本件駐車場の賃貸借契約が締結されていった経過に関する前記認定事実によると、本件店舗と本件駐車場の賃貸借契約は、最初から一個の契約の目的とされたものではなく、逐次そのときの事情に応じて各別に契約が締結されたものであり、それが最初の契約者である訴外石井から被告に引き継がれたものであって、本件店舗の敷地部分と、本件駐車場の敷地部分は最初から別個の利用形態を取っているものであるし、《証拠省略》によると本件駐車場は、原告の旧住居を取り壊して生じた空地で、富士見町二番九宅地一三三・五一平方メートルの、正四角形に近い形の土地の約三分の一の部分で、他の三分の二は原告が駐車場として使用している土地であること、原告としてはこの空地を一体としてビルの建築を計画していたことが認められるのであって、本件店舗と本件駐車場が不可分一体に利用されるべき土地として契約の目的とされたものとは考え難く、被告代表者尋問の結果中の右供述部分は措信できない。
また、《証拠省略》を一見すれば、それが自動車保管場所の賃貸借契約書であることが明らかであり、賃貸借契約書というように権利関係に直接影響を生じるような重要な書面に、事務員である訴外山本和子が何ら被告代表者の意思を確認することなく無断で署名捺印し、あるいは事後に全く報告しないというようなことは同事務員がいかに原告を信用していたからといっても到底理解し難いところである。
更に被告は、本件駐車場の賃貸借契約は本件店舗の賃貸借契約と切り離して解除しない旨の特約があった旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
他に、本件駐車場の賃貸借契約が、本件店舗の賃貸借契約と一体として契約されたものと認めるに足りる証拠はない。
三 以上のとおりであるから、原告は自動車の保管場所を使用目的とする本件駐車場の賃貸借契約について、約定解除権に基づいて一箇月の猶予期間を設けて解除することができるものというべきであり、本件店舗の賃貸借契約と切り離して解除することができない旨の被告の抗弁は理由がない。
権利濫用の抗弁については、主張の事実関係をもってしてはいまだ原告の解除権の行使をもって権利の濫用ということはできないばかりでなく、本件駐車場部分が、空地の一部であって位置、形状、地積などの点において、残地と一体として利用、処分される関係にあること既に判示したとおりであることを考慮するならば、一層その主張は理由がない。
四 よって、本件駐車場の明渡と、契約解除の翌日以降明渡済みまで賃料相当額の遅延損害金の支払を求める請求は理由があるものとしてこれを認容する。
なお、仮執行宣言の申立てについては相当でないものとして付さないこととする。
第二本件土地の明渡請求について
一 本件土地上に本件建物が存在することは当事者間に争いがなく、本件建物は昭和五五年七月頃被告が原告の承諾のもとに、本件店舗の増築として建てたものであることは、弁論の全趣旨に照らして当事者間に争いがない事実と認められる。
二 原告は、本件土地は建物所有目的で無償で貸したものである旨主張し、被告も本件土地を原告から借り受けたものであることは認めた上、本件店舗の使用上不可欠の増築建物使用のために借り受けたもので、本件店舗の賃貸借契約と一体をなす契約である旨主張する。
よって検討するに、右当事者間に争いがない事実と、《証拠省略》によると、本件建物は、被告が本件店舗のうち二階麻雀屋用店舗の内装工事を行うに当たり、同店舗部分が狭いため建増しを計画し、その許諾を原告に求めたこと、原告は、原告の要求があったときは増築部分の取り壊しに応じる旨の被告の念書をとった上で、これを認めたこと、本件建物は、本件店舗の北側壁面の西端寄りに、北側壁の一部を取り壊して出入口とし、増築したもので、その床面積は一、二階とも一九・八三平方メートルであり、いずれも厨房、更衣室、浴室、倉庫等として使用され、一階部分には出入り用の扉があるが、二階部分は本件店舗の室内から出入りするほかに出入口はない構造であって、その規模、構造に照らして独立の建物とは到底認められず、本件店舗と一体をなすものであること、本件建物の増築については、前記念書を作成したほかには、土地使用に関して何ら契約書等の書面を作成していないことの各事実を認めることができ、この認定に反する証拠は見当たらない。
以上の事実によって判断すると、本件建物は、その規模、構造に照らし独立した建物とはいい難く、本件店舗と一体をなす建物であって、本件店舗に付合して原告の所有に属するものというべきである。従って、本件建物の敷地である本件土地について、被告を借り主として使用貸借契約が成立する余地はなく、被告に対して本件建物の収去を請求する余地もないものというべきである。結局本件建物の使用関係は、本件店舗の使用関係に帰することになり、本件店舗の賃貸借契約によるものとなると解せられる。
三 被告は本件土地について、原告から使用を認められて本件建物を建てたことの事実関係を認め、原告の主張する使用貸借契約の成立を認める趣旨の陳述をするが、そうであるとしても、右事実関係において、本件土地について使用貸借契約が成立する余地がないものであること前判示のとおりであるから、被告の陳述は、事実関係に対する法律的評価の誤りによるものであって、右のように認定、判断することの妨げになるものではないというべきである。
四 してみると、本件土地の使用貸借契約の解除を前提とし、本件建物の収去と本件土地の明渡を求める参加人の請求は失当として棄却すべきものである。
第三原告の請求(損害賠償請求)について
一 被告が、昭和六一年一〇月二二日頃、本件建物の東側の公道に向いた外壁に、本件看板を設置した事実は当事者間に争いがない。
二 右争いがない事実と、《証拠省略》によると、本件看板のうちの、公道から見て右側に別紙物件目録第四記載(1)のとおりの看板が設置されており、右看板は白地の中央部分に、上下左右の余白を多少残した状態で、太字で大書されていることが認められる。
《証拠省略》によると、本件看板は公道を通行する一般の通行人から一見して読み取ることができる状態にあり、原告は本件店舗の隣に一〇階建の高層建物を所有し、同建物内で、「長寿」の名称で、建物賃貸業、貿易業を経営していること、原告は本件看板を設置されたことにより、精神的苦痛を感じていることの各事実が認められる。
三 本件看板のうちの、別紙物件目録第四記載(1)の看板の記載は、原告が借家人である被告に対して横暴な要求をしている旨を記載し、殊更に不特定多数の者に見られるように掲示されているもので、具体的事実を記載するものではないが、これを読んだ者に対して、原告が賃借人に対して横暴な要求をする家主であるかのような印象、評価を生じさせる恐れのあるものであって、特に建物の賃貸を業としている原告に精神的苦痛を与える内容、体裁のものであるというべきである。
本件看板のうち、他の一枚については、その記載内容において特に原告に対し非難攻撃する趣旨のものではなく、一般通常人を基準とすると特に精神的苦痛を生じさせるようなものとは認められない。
四 被告は、原告から本件駐車場について理由のない明渡請求を受け、その頃本件駐車場に立ち入って土地を計測している者があったので、原告から本件駐車場の使用を妨害される恐れがあると考えてこれを阻止する必要から本件看板を設置したもので正当な行為である旨主張し、《証拠省略》中にはその趣旨の供述がある。
しかし、そのように本件駐車場を計測するような行為があったとしても、これをもって原告が実力をもって被告の占有を排除しようとしていると判断する根拠とは到底なり得ないし、本件看板を設置しなければならないような差し迫った事情があったととも考えられない。しかも、被告が本件訴訟が継続し、互いに法律上の手続に従って権利の主張をするに至っているに関わらずなおも本件看板を撤去しないところから推して判断すると、被告が右供述のような事情から、真実本件駐車場の占有を奪われる危険を感じて本件看板を掲示したというのは到底措信できないところというべきである。
本件において、原告の本件駐車場の明渡請求が正当なものであると判断されることは既に判示のとおりであるが、たとえ相手方の主張、要求に不当と考えられるようなところがあったとしても、紛争の当事者ではなく、その事実関係を知らないため正当な判断ができない不特定の第三者に、相手方を非難するような掲示をして相手方を非難するようなことは、それが緊急避難等真にやむを得ない事由があるとか、公共の利益に関わるなど特段の事情が認められるのでなければ許されないところというべきであり(本件においてこのような特段の事情は認められない)、正当な行為である旨の被告の主張は採用できない。
五 以上のとおりであるから、本件看板のうち、別紙物件目録第四記載(1)の看板を設置している被告の行為は、原告の名誉を毀損する行為として不法行為を構成する。
そして、被告が右看板の掲示を継続することによって原告の名誉が毀損される状態が持続されることになるから、これを回復するために、原告は民法七二三条の適用ないし類推適用によってこれを撤去するよう請求しうるものというべきである。
更に、被告は原告の精神的苦痛に対し慰藉料の支払をなすべきところ、その記載内容、原告の営業活動の規模等の事情を勘案すると、慰藉料の額は一箇月一万円をもって相当とする。
よって、原告の請求については、本件看板のうち右(1)の看板についての撤去を求める部分及び慰藉料請求のうち一箇月一万円の限度でこれを認容し、その余は失当として棄却することとする。
本件各請求中仮執行の宣言については、本件看板の撤去を命じる部分についてのみこれを付し、その余については相当でないものとして付さないものとする。
以上により、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用の上主文のとおり判決する。
(裁判官 川上正俊)
<以下省略>